東京高等裁判所 平成8年(行ケ)206号 判決 1997年6月25日
原告 株式会社テック
被告 株式会社ブレイン
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成3年審判第24207号事件について、平成8年8月2日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨。
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は、別紙1のとおり、「TEX」と「SIM」の欧文字をハイフンを介して「TEX-SIM」と横書きしてなり、第11類「電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)その他本類に属する商品」(平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令の区分による、以下同じ。)を指定商品とする登録第2318074号商標(昭和61年6月19日登録出願、平成3年6月28日設定登録、以下「本件商標」という。)の商標権者である。
原告は、被告を被請求人として、本件商標につき登録無効の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成3年審判第24207号事件として審理したうえ、平成8年8月2日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月21日、原告に送達された。
2 審決の理由の要旨
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件商標と、「テック」の片仮名文字をゴシック体にて横書きしてなり、指定商品を第11類「電気機械器具、電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)電気材料」とする請求人(注、原告)の有する登録第1240435号商標(昭和44年6月10日登録出願、昭和51年12月13日設定登録、昭和61年11月13日存続期間の更新登録。以下「引用商標」という。別紙2のとおり。)とは、その外観、称呼及び観念のいずれの点からみるも互いに紛れるおそれのない非類似の商標と認められ、本件商標は、商標法4条1項11号の規定に違反して登録されたものとは認められないから、同法46条の規定により無効とすることはできないとした。
第3原告主張の審決取消事由の要点
審決は、第1に、商取引の実際において発生する本件商標の称呼の認定を誤るとともに、第2に、本件商標と引用商標の称呼の類否判断を誤ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 本件商標から生ずる称呼
(1) 本件商標は、以下に述べるとおり、その全体的称呼「テクスシム」又は「テックスシム」だけでなく、一般になじみやすく、称呼上も簡便な「TEX」の部分より、「テックス」の称呼が生じるとみなければならない。
<1> 本件商標は、「TEX」と「SIM」とをハイフンで結合させた態様であって、視覚的にも「TEX」と「SIM」が分離している。このような場合、簡易迅速を尊ぶ現実の取引社会においては、最も目につく前半部のみを称呼し、後半部を省略して称呼しないことが実情である。本件商標が、取引において一体不可分のものとして称呼されることを期待するのであれば、「TEXSIM」のように外観上も一体不可分にするはずである。
<2> 本件商標は、特定の観念を有するものとして知られ親しまれているものではなく、一種の造語であるから、その全体から直ちに特定の観念が認定されるものではなく、全体を一体不可分の商標として把握しなければならない必然性はない。したがって、その一部が省略されやすいことも、経験則上認められるところである。
<3> 本件商標から生ずる全体称呼「テックスシム」は、冗長であり、また、第3音目の「ス」(su)と第4音目の「シ」(shi)は、いずれも舌端を前硬口蓋に寄せて発する無声摩擦子音(s)を帯有しており、他の音との結合の中で連続して発声するには非常に発音しにくく、聴取し難い。このような商標に接した取引者や需要者が、後半部分の「シム」を省略して前半部分の「テックス」とのみ称呼することは、容易に考えられるところである。
<4> 本件商標のようなハイフンで結合された商標は、シリーズものに採択されることが多く、本件商標においても、代表的出所標識は「TEX」の部分であり、「SIM」の部分は、「TEX」商標で総称される商品群のうちの特定の1つを仕分ける記号と同種のように認識する需要者・取引者もいると思われる。
(2) 特許庁の審決においても、本件商標と同じくハイフンで結合された商標について、全体的称呼よりも、親しみやすく、称呼上も簡便な部分より称呼が生ずるとの経験則をもとに、類似と判断する事例は数多い(甲第8~第27号証参照)。
2 称呼類否の判断
(1) 以上のことから明らかなように、本件商標は、前半部の「TEX」の部分より「テックス」の称呼を生じ、引用商標からは「テック」の称呼が生じるものであるから、両商標が称呼において類似するか否かは、「テックス」と「テック」とを比較・判断しなければならない。
ところが、審決は、「TEX」の部分から「テックス」の称呼が生じることを仮定的に認めながら、引用商標につき、「請求人(注、原告)の名称の略称としてこの種業界において知られていることから、『テック株式会社』を観念若しくは前記外来語辞典によれば『テック(tech)』は『technicalcenterの略、自動車、オートバイの技術練習場』を意味するものであることから、『テック』は『自動車、オートバイの技術練習場』を観念するもの」(審決書13頁14行~14頁1行)との認定を前提とし、「本件商標構成中の前半部分の『TEX』は、・・・『糸の太さの単位』、又は、『パルプを押し固めて作った板、天井、壁などに使う建材』である『テックス』(tex)に通ずるものとして知られているところより、該文字部分に相応して、『テックス』の称呼及び前記観念を生じるものであり、他方、引用商標は、「テック」の称呼及び前記観念を生じるものであり、両者は、語尾における『ス』の音の有無を有するものであり、両者外来語として知られ、親しまれたものであるところ、構成音が促音を含む3音と2音という短い音により構成されているものであり、語尾音の『ス』の音の有無の差は、観念の相違をあわせ考慮すれば、両者をそれぞれ一連に『テックス』、『テック』と称呼してもその音調を異にし、互いに紛れるおそれはないものといわざるを得ない」(審決書14頁13行~15頁9行)と述べ、「テックス」と「テック」とが称呼において類似するか否かの判断において、それぞれから生ずる観念の相違を判断材料としている。このような判断によると、称呼が類似していても、観念が異なれば非類似との結論が導かれることとなるから、審決は、称呼の類否判断の方法を誤ったものといわなければならない。
なお、審決の上記観念の認定中、引用商標から、業界において著名な原告会社の観念が生ずることは認めるが、「自動車、オートバイの技術練習場」との観念が生ずること、本件商標中の「TEX」の部分から「糸の太さの単位」又は「パルプを押し固めて作った板、天井、壁などに使う建材」との観念が生ずることは、いずれも争う。
(2) 「テックス」と「テック」とが、称呼において類似と判断されるべきことは、次の理由による。
すなわち、「テックス」と「テック」とを比べてみると、語尾音「ス」の有無に差異があるにすぎない。しかも、この差異音「ス」は無声摩擦音であって聴取し難く、特に、その前音である「ク」が明瞭な破裂音であり、促音に続いて発音されるため、強く響いて耳に残り易いことから、語尾音「ス」が全体称呼に与える影響は小さいものと考えられる。
特許庁の審決においても、上記と同様の判断が繰り返されている(甲第28~第38号証参照)。
(3) 原告は、「テックス」の称呼を生ずる第三者の出願に係る商標「TECS」が出願公告された(商公昭60-17561号、甲第39号証)ので、これに対し引用商標と類似するから拒絶されるべきである旨主張して、商標登録異議申立てをしたところ、特許庁は、「・・・両称呼は共に『テック』を共通にし、僅かに語尾における『ス』音の有無に差異あるにすぎず、かかる音は、弱音にしてしかも語の末尾音でもあることと関連して、前音に吸収されるが如く発音され、明確に聴別し難いことから、本願および引用の両商標を一連に称呼するときは、称呼上、彼此相紛れるおそれのある類似の商標であり、かつ、互いに指定商品も抵触するものである。」との理由で、異議申立ての理由があると決定している(甲第40号証)。
また、登録第2711615号商標「テックス」(甲第41号証)及び登録第2711616号商標「TECS」(甲第42号証)は、いずれも引用商標の連合商標として登録されており(甲第43、第44号証)、この場合においても特許庁は、「テック」と「テックス」とを類似の商標と判断しているのである。
第4被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由は理由がない。
1 原告の主張1について
(1) 本件商標からは、審決が説示するとおり、全体として「テクスシム」又は「テックスシム」の称呼のみが発生するというべきであり、原告の、前半の「TEX」のみが分離されて称呼されるとする主張は、以下に述べるとおり理由がない。
<1> 商標は、その態様全体から生ずる称呼音が最も自然であるところ、本件商標は、「TEX」と「SIM」とがハイフンで結合された態様からなり、その態様全体が商標としての機能を果たすのであるから、その称呼音も、全体として「テクスシム」又は「テックスシム」のみが発生するというべきである。原告の主張するように、ハイフンで結合された商標について、前半部のみを分離して称呼すべき理由はない。
<2> 本件商標が、全体として特定の観念を有するものでないことは認めるが、本件商標は、ハイフンで結合されたことにより、外観上、特定の称呼を備えた1つの文字群として認識できるのであるから、観念の有無にかかわらず全体を一体不可分の商標と考えるべきである。
<3> 本件商標から生ずる称呼の「テクスシム」又は「テックスシム」が、冗長であるとする根拠はない。例えば、一般に著名な商標「パナソニックス」は、冗長だとして略称されることはないと思われる。
<4> ハイフンで結合された商標はシリーズものに採択されることが多いとする主張には、根拠がない。例えば、原告が引用する審決(甲第8~第27号証)に記載されたハイフンで結合された商標は、すべてシリーズものとなるわけではない。
(2) 原告が引用する審決(甲第8~第27号証)は、商標類否の判断を示したにすぎず、前半部と後半部がハイフンで結合された態様からなる商標について、常に他方が省略されて一方が用いられるという主張を裏付けるものではない。
2 同2について
(1) 以上のとおり、本件商標からは、「テクスシム」又は「テックスシム」の称呼のみが発生するというべきであるから、両商標が類似するか否かは、これらの称呼と引用商標の称呼「テック」とを比較すべきであり、両者が類似しないことは明らかである。
原告のように、「テックス」と「テック」との称呼音を比較することは意味がなく、審決は、本件商標から「テックス」の称呼が生じることを仮定的に述べているにすぎない。
(2) なお、特許庁の審決には、原告の主張と異なり、語尾音「ス」が全体称呼に与える影響を重視した事例も多い(乙第1~第9号証参照)。
第5証拠<省略>
第6当裁判所の判断
1 審決の理由中、本件商標と引用商標の各構成及び指定商品の認定、両商標がその外観において明確に区別できるものであること、本件商標は造語であって特定の観念を生じないが、引用商標からは業界で著名な原告会社の観念を生じ(その他に「自動車、オートバイの技術練習場」との観念が生ずることには争いがある。)、本件商標から「テクスシム」又は「テックスシム」の称呼が生じ、引用商標の称呼が「テック」であることは、いずれも当事者間に争いがない。
2 本件商標「TEX-SIM」は、別紙1のとおり、「TEX」と「SIM」の欧文字がハイフンにより結合されて一体として横書きされ、その前半部と後半部は、いずれも同書体の3文字の欧文字により構成される比較的短いものであり、どちらか一方が強調されることなく左右がバランスよく配置されており、その外観上、「TEX」の部分が特に強調される態様のものではないと認められる。また、その商標全体から自然に生ずる称呼である「テクスシム」又は「テックスシム」は、5音又は促音を含めても6音により構成され、いずれも特に冗長であったり発音が困難であるとは認められない。
以上のように、本件商標は、全体として統一のとれたバランスのよい比較的短いものであり、その全体から生ずる称呼は冗長なものではないから、これに接する一般の需要者・取引者は、その商標全体を一連のものとして称呼するのが自然なことであると認められる。
原告は、本件商標のようなハイフンで結合された商標は、シリーズものに採択されることが多いと主張するが、このことが取引社会一般ないしは本件商標の指定商品である第11類「電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)その他本類に属する商品」及びその類似の商品の取引社会における慣行と認めるに足りる証拠はなく、また、前示本件商標の構成からみて、「TEX」の部分がハイフンで結合された本件商標の構成における前半部分であることから直ちに、後半部分である「SIM」よりも重要視される部分と一概にいうこともできず、その他本件全証拠によっても、本件商標において「TEX」の部分のみが強調されて独立した称呼を生ずるような特段の事情を認めることはできない。したがって、本件商標における代表的出所標識は「TEX」の部分であるとの原告の主張は採用できない。
そうとすると、本件商標からは、「テクスシム」又は「テックスシム」の称呼のみが生ずるものであって、これが構成音数を異にする引用商標の称呼「テック」と相違することは明らかであって、本件商標から「テックス」の称呼が生ずることを前提とした原告の主張は理由がない。しかも、前示のとおり、本件商標と引用商標が外観において明確に区別されること、本件商標から特定の観念が生じない以上本件商標と引用商標とが観念において同一又は類似するといえないことを併せ考慮すると、本件商標と引用商標とは、その全体的観察において、互いに紛れるおそれのない非類似の商標というべきである。
したがって、本件商標は、商標法4条1項11号の規定に違反してなされたものではないから、同法46条の規定により無効とすることはできないとした審決の判断(審決書15頁13~16行)は正当であって、他に審決を取り消すべき瑕疵はない。
3 よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 牧野利秋 石原直樹 清水節)
別紙1 本件商標
別紙2 引用商標